「相馬古内裏」の版間の差分
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それ我が朝に朝敵の始めを尋ぬるに、昔、神武帝の御宇四年、紀州名草の郡高雄の村に、一つの蜘蛛あり。身短く手足長うして、力人に勝れたり。人民多く損害せしかば、官軍発向して、宣旨を読みかけ、蔓の網を結んで、遂にこれを覆ひ殺す。 | それ我が朝に朝敵の始めを尋ぬるに、昔、神武帝の御宇四年、紀州名草の郡高雄の村に、一つの蜘蛛あり。身短く手足長うして、力人に勝れたり。人民多く損害せしかば、官軍発向して、宣旨を読みかけ、蔓の網を結んで、遂にこれを覆ひ殺す。 | ||
日本盤余彦尊御宇、四年己未歳の春、紀伊国名草郡、高野林に土蜘蛛ありき。身短の手足長くして力人に勝たり。皇化に随はざりければ、官軍を差遣して、是を責けれ共、誅する事能はず。住吉大明神、葛の網を結て、遂に覆殺し給へり。 |
2024年10月23日 (水) 14:43時点における版
朝敵揃
それ我が朝に朝敵の始めを尋ぬるに、昔、神武帝の御宇四年、紀州名草の郡高雄の村に、一つの蜘蛛あり。身短く手足長うして、力人に勝れたり。人民多く損害せしかば、官軍発向して、宣旨を読みかけ、蔓の網を結んで、遂にこれを覆ひ殺す。
日本盤余彦尊御宇、四年己未歳の春、紀伊国名草郡、高野林に土蜘蛛ありき。身短の手足長くして力人に勝たり。皇化に随はざりければ、官軍を差遣して、是を責けれ共、誅する事能はず。住吉大明神、葛の網を結て、遂に覆殺し給へり。