皇室典範義解草案(第一)

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第1条

皇室典範は以て皇室の家法を条定するものにして、臣民の権議と相干渉することあるに非(あ)らず。故に皇室典範は公式に依り之を臣民に公布するものに非らず。而して皇室典範の条章を将来に更訂することあるも、亦帝国議会の承認を経るを要せざるなり。蓋(けだ)し(推察するに)皇室の家法は祖宗に承け子孫に伝ふ、既に君主の専意に制作する所に非らず。況(ま)して臣民の敢て干渉する所なりと謂はん乎。彼の欧州各国に於て或は之を憲法に掲げて将来に臣民容議の端を開くが若きは蓋し我が国体の依るべき所に非ざるなり。

第10条

天皇崩するときは皇嗣即ち践祚(せんそ)し、祖宗の神器を承(う)く ……神武天皇より舒明天皇に至る迄三十四世、嘗て老倦譲位の事あらず。譲位の例の皇極天皇に始まりしは則ち世変の一なり。中古権臣の強迫に因り、両統互譲十年を限りとするに至る。而して、南北朝の乱、また、此に源因せり。故に後醍醐天皇は遺勅して在世の中譲位なく、また剃髪なからしむ(細々要記)。本条に践祚を以て先帝崩御の後に行わるるものと定めたるは、上代の恒典に因り中古以来譲位の慣例を改むるものなり。